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熊本県 熊本市 不動産 コウナン・レクセル

不動産に於るニュースと解析並びに 熊本及び九州エリアの不動産動向をリポートします。

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「桜」

「桜」淡いピンク色、綺麗ですね。
熊本城内の「不破の門」まえの一本の枝振りのいい、桜の木があるのですが
今日(3/28)、6分咲きぐらいでしょうか、天気もいいせいか、花見をされておられる方が、何組もいらっしゃって、皆さん楽しそうに、花見を満喫されておられました。来週後半までが見頃といったところでしょうか。

仕事柄、この季節、何かと忙しく、そうですね~ここ、二十数年「花見」をした記憶がないですね~。
大体、一段落の頃はもうすでに葉桜になっており、「葉桜の木漏れ陽の下で薫風を感じながら」、書を手にし、物思いに耽る。・・・・なんてシャレてみたいのですが、せいぜい、ビールを片手にメザシをかじり、かじり、至福を感じる、と云ったところでしょうか。

「桜」といえば卒業、入學のシーズンですね。
先程、地元紙の夕刊を眺めていましたら、熊本大学の卒業式においての学長式辞が紹介されている欄があり・・・・さすが、中々いい事を言われるなと感心しておりました。
《記事抜粋》
:皆さんが船出していかれる現代社会は、複雑で掴みどころがなく、「解答のない」社会とも云われます。・・・・・・これから「解答のない」社会を生きていくため必要な事は、心身の健康を保つすべを知り、具体的目標の達成のために、プロフェッショナルとしての誠実な努力を維持していく事です。:

この式辞を述べられた、崎元学長の卒業生への大変、意味の深い、且、「真摯な思いやり」が伝わってきます。心のこもったエールですね。

現代社会は極論すれば、「約束された安息」、はないと思います。
「明日はどうなるか分からない」、だから日々思考、行動、チャレンジします。
そして、不思議な事に、そこに「充実感」を感じます。
変なはなし、「不安定」のなかに「安定感」と云うものを感じます。
又、その中に、自分自身の「生」と云うものも感じます。
そして、それが周りの人に、「魅力」と云うものを感じさせるものだと思います。
この事は決してネガティブな事ではなく、ポジティブ思考そのものだと思います。

「約束された安定・安息」があるなら、これこそ充実感のない、魅力のない、ある種、辛いネガティブな人生ではないかと思います。
又、不安が不安を助長するように、安定を求めれば求める程、際限なく不安を募らせるものです。

人が、何かに、立ち向かう姿は、大変、魅力的ですが、安定志向or守りの姿勢の人には魅力を感じないものです。

所詮、求める「安定」「安息」は人間の弱さによる、妄想にしかすぎないと云っても過言ではない様にも思います。

余談:

実は、今日、謀スーパーで、久しぶりに「一目惚れ」しました。
その艶といい、大きさといい、形といい、本当に久しぶりにお目にかかりました。思わず「よだれ」が出そうになりました。

有り金、全部はたいて、5パック買いました。
~てなわけで、今日のブロ具はおしまい。
後は冷えたビールを買って帰ろっと。

何を買ったか? すいませんが、それは教えられません。

~good night~kymsc.salzburg











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Fiduciary

昨日(3/15)、滑り込みでセーフで確定申告を終え、何とか納税する事ができました。
昨年、若干の個人所得があった事を完全に忘れていまして・・・ドタバタとなった次第です。

謀税務署に申告に行ったのですが、申告に来ておられる人、様々ですね。
皆さん真剣な表情で申告なされており、申告を受ける税務職員の方も真剣です。そして親切な対応には、ちょっとびっくりしました。
「これでいいてすか?もう他に経費はありませんか?」経費漏れがないかまて゛心配してくれます。
最終の申告書類を別の係りの方に提出する訳ですが、その時の担当の男性職員の方も「今日、納付ですが大丈夫ですか?」と心配そうに気配ってくれます。

今、国会で水光熱費が、どうだこうだとバカな事をやってますが時間の無駄遣いも甚だしい限りで、それこそ膨大な税の無駄遣いの筈です。
元はと云えば、誤魔化し、チョロマカし、あげくのはてには、白を切り通す始末。この、ご人が一番、いけないのですが。

又、地方行政でも訳の解らない、お金が「手当て」と云う名目で議員に支出されています。

そこで思うのですが、「税」を執行配分する立場の人、それに群がる人は、先程の「申告」の現場を是非、見て頂きたい。
申告する側、それを受ける側、共に真剣です。
「一般会計、特別会計の予算組み」なんて簡単にいいますが「主権である国民ひとり一人の血税」で成り立っている事が再認識できる筈です。
その再認識の上で予算組みしていただきたいと思うのですが。

更に思うのですが、税の徴収方法を替えるべきだと思います。
給与所得者の殆どの方が、「源泉徴収」なんて表現で納税されている訳ですが、よく考えてみて下さい、「徴収」と云う言葉の意味ですが、「取り立てる」と云う言葉です。
時代錯誤、甚だしさ極まりない言葉です。主権たる国民に対し、いったい誰が「取り立てる」のでしょうか?体制国家ではない筈です。

やはり、給与所得者の方も「確定申告」が、いろんな意味でいいのではないでしょうか、
「税」の事がよく解りますし、又納税義務の意味も体感、理解できます。
それにより、気持ちも、新たなものになります。
社会人としての、その人の一年の締めであり、そして新たな一年の始まりになると思います。
又、「税」の使い方にも関心が向くはずです。

そして、「確定申告」ではなく「確定納税」と「確定還付」に表現を替えるべきだと思います。
「申告」と云う言葉は:「命令に対して書面で申し出る」の意味です。
そう聞けば、殆どの方が違和感・嫌悪感を感じられる筈で、誰が主権者に命令をするのでしょうか?
「確定申告」ではなく「確定納税」「確定還付」の方がシックリきます。
そして、率先して納付し、義務を果しましょう。


日本は、ご周知の通り「議会制民主主義」です。
選挙という手段で「議員」を選び、我々は、その議員に「信認」する訳です。

「信認」という言葉はとても重たい言葉で、「信認」を受けた側(議員)は背く事は許されません。
万が一、背く様な事が発覚した場合は抹殺です。法治国家ですから法による社会的抹殺です。

「信認」=Fiduciary(フィディュシャリー)です。

社会の「契り」は:

「契約」→「信頼」→「附託」→「信認」の順で重たくなります。
a countract→trust→reference→fiduciary

「契約」は、ペナルティーを払って解約・破棄できますが「信認」は「受任」期間は破棄する事はできません。
ちなみに「信頼」「附託」は意味合い的には似通っていますが、簡単に云えば「信頼」は主に人間関係、「附託」は法的関係行為と考えていいと思います。
いずれも背けば、いわば「社会的な終身刑」の様な制裁を受ける事にもなりかねません。

議会制民主主義は:この「信認」に対する「受任」を望む者への「信認」と「受任」の関係だと思います。
だとすると主権者である国民への背任行為が確認された場合、国民に解任権があってもいい筈だと考える次第ですが。

先日、国会中継で与党議員の閣僚が:
「国民の附託を受け・・・・・している」と云う答弁をされてましたが、「国民の信認を受け」に訂正すべきだと思います。附託は責任転嫁の余地があります。やはり「信認」でしょう。
「信認」を受けてと、言い切れない、自身のなさを感じさせる答弁シーンでした。

~納税・統一地方選のシーズンにちなんで~


ps.mozart:sedan meet ag cmk type









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